Caravaggio (カラヴァッジョ)・中編

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今回は全盛期のカラヴァッジョについて書いてみたいと思います。

イタリアのミラノで生まれたミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョは、6歳のときに流行病のペストによって父フェルモ・メリージを亡くしカラヴァッジョの町へ移り住みました。

その後、13歳でミラノの画家シモーネ・ペテルツァーノの徒弟となります。「いかさま師」によってデル・モンテ枢機卿に見出されてからは、資金を援助してもらいながら絵を書き続けます。そして、1599年にサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂コンタレッリ礼拝堂壁画の仕事を請け負います。このとき、制作された絵画がマタイ三部作として知られる「聖マタイの召命」「聖マタイの殉教」「聖マタイと天使」です。その結果、28歳にしてイタリア全土にカラヴァッジョの名が広まりました。

 

1600年以降、カラヴァッジョは警察のお世話になることが非常に多くなり、1603年には裁判の被告にまでなってしまいます。この裁判はバリオーネ裁判として広く知られており、カラヴァッジョ研究を行う上で重要な資料の1つとなっているようです。

主にどんなことをして捕まっていたのか、警察記録に残っている内容からカラヴァッジョの粗暴さが露呈することになります。

  • 棍棒で画学生スタンバに襲いかかる
  • サンタンジェロ城守備隊の軍曹カノニコを悪友のオノリオ・ロンギとともに剣で切りつける
    • これが原因でバリオーネ裁判の被告となった
  • モーロ食堂の給仕フザッチャの顔に皿を投げつけて負傷させる
  • 職務質問した警官に石を投げて収監
  • 警官を侮辱して逮捕
  • 武器不法所持で逮捕
  • レーナという女性をめぐり、公証人パスクアローネを夜、背後から斬りつけ逃亡
  • 有力貴族の用心棒トマッソーニを殺害して死刑宣告を受ける

だいぶ危険な人間です。

全盛期のマタイ三部作から殺人を起こすまでの作品をいくつかご紹介します。

1600年 聖ペテロの磔刑
1600年 聖ペテロの磔刑

逆さ十字架の刑に処せられた聖ペテロを描いた作品です。


 

1601年 イサクの犠牲
1601年 イサクの犠牲

マッフェオ・バルベリーニ枢機卿の注文によって描かれた作品です。

息子イサクを犠牲に捧げよという神の命に従い、短刀を手にイサクを押さえつけるアブラハム。

一番左に描かれているのが、神の使いであり、右に描かれている羊はイサクの代わりに犠牲に捧げられる牡羊。

カラヴァッジョ作品に珍しく、絵画の右上には屋外の風景が広がります。


 

1601年頃 勝ち誇るアモール
1601年頃 勝ち誇るアモール

ヴィンチェンツォ・ジュスティニアーニの注文によって描かれた作品。

愛の神アモールが勝ち誇った笑みを浮かべて立ち、愛は地上のすべての価値に打ち勝つという意味を示しているそうです。


 

1601年 エマオの晩餐
1601年 エマオの晩餐

マッティ家のために描かれ、ボルゲーゼ枢機卿が所有していた「エマオの晩餐」は、個人用に描かれた宗教画の傑作とも言われています。

この絵画は、「復活後の主 (キリスト) であると知らずに男と食事をともにした二人の使徒が、男が祝福したパンを割いた瞬間にキリストであると悟り驚愕するが、その直後にキリストは消えてしまう。」という一場面を描いたものです。

テーブルの手前に置かれている果物籠は、アンブロジアーナ絵画館所蔵の「果物籠」と同じように突出効果が見られ、その果物籠の影は魚の形 (キリストの象徴) になっています。また、右の男の両手を広げたポーズは、キリストが十字架にかけられたことを暗に示す磔刑のポーズとなっています。

同作品は、カラヴァッジョが殺人を犯し、逃亡資金を得るために 1606年に再び描かれています。そのため、全盛期のカラヴァッジョと精神的に追い込まれていくカラヴァッジョ作品の違いを端的に表す作品ではないかと僕は考えます。

 


 

1601年 聖トマスの不信
1601年 聖トマスの不信

この作品は、「キリストが復活したと聞いても、自分はキリストの傷口に指を入れるまではそれを信じない」と言ったトマスの目の前にキリストが現れ、トマスが恐る恐る傷口に指を入れている場面を描いたものです。


 

1602年 ~ 1604年頃 キリストの埋葬
1602年 ~ 1604年頃 キリストの埋葬

「キリストの埋葬」はカラヴァッジョの作品のうちで最も高く評価されてきた作品です。ルーベンスやセザンヌなど、多くの画家に模写されてきました。

人物が扇状に展開するように構成され、左下の墓の中に見える青草はキリストの復活を暗示しています。

カラヴァッジョはルネサンス美術からバロック美術への変遷に大きな影響を与えた画家と言われていますが、同作品はそれを象徴する典型的な一枚と言えるのではないでしょうか。


 

1603年 ~ 1606年頃 ロレートの聖母
1603年 ~ 1606年頃 ロレートの聖母

「ロレートの聖家に巡礼に来た親子の前に聖母が現れた」という一場面を描いたものです。

巡礼者の足の裏がとてもリアルに描画されています。

 

以上、紹介した作品はカラヴァッジョ全盛期に描かれたとされる作品たちです。

この後、カラヴァッジョの内面の劇的な変化が絵画にどのような影響を与えるのか、またどのような心境で絵を書き続けているのか、非常に奥深い作品が数多く生み出されます。

次回は、38歳という若さで熱病に倒れるまでに描かれたカラヴァッジョ作品をご紹介したいと思います。

 

参考

  • 宮下規久朗 著『もっと知りたいカラヴァッジョ―生涯と作品』東京美術、2009年。

画像引用元

Caravaggio (カラヴァッジョ)・中編

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